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将来のゆめ 短篇 水 1-18

将来のゆめ

「将来、何したいの」

二十五になっても、まだ、この質問をよくされる。

入社三年目の面談で、部長に。取引先との飲み会で、だいぶ赤い顔をした課長に。久しぶりに会った大学の友達にまで、ハイボールのジョッキ越しに。

私は、そのたびに困る。

毎日、目の前のことで手いっぱい。来週の資料と、明日の会議と、今日の三時までに返さなきゃいけないメール。それを片っ端から片づけていたら、いつのまにか三年経っていた。将来のことなんて、考える隙間がどこにもなかった。

小さいころは、もっと簡単だった。

ケーキ屋さん。お花屋さん。プリキュア。

幼稚園の卒園アルバムには、たしか、プリキュアと書いてある。母に聞いたら、どのプリキュアかまでちゃんと決めていたらしい。迷いなんて、ひとつもなかった。

それなのに、今はまるで何もない。

だから、決まった答えを持ってる。

「定年したら、田舎でおにぎり屋さんするんです」

笑いながら言うと、だいたいみんなも笑う。いいねえ、とか、渋いね、とか。それで話は終わる。

嘘ではない。小さな店で、カウンターに大きな釜を置いて、朝だけ開けて、昼には閉める。具は、しゃけと梅と昆布とか。本当に、そうしたいと思っている。

でも、部長が聞きたかったのは、そういうことではない。五年後にどんな仕事をしていたいか、とか、どこを目指しているのか、とか。

それを知っていて、私はおにぎりの話をする。笑ってもらえば、その先を聞かれずにすむから。

私が見つけた逃げである。

*

日曜日、姉の家に行った。

五歳になった姪の莉子は、会うたびに背が伸びている。今日はリビングの床にクレヨンを広げて、画用紙いっぱいに、ピンクのドレスの女の子を描いていた。

「それ、だれ」
「りこ。おおきくなったら、プリキュアになるの」

迷いのない声だった。

私は「へえ、いいねえ」と言いながら、その横にしゃがんだ。莉子の描くプリキュアは、髪が地面につくほど長くて、手にはなぜかフライパンを持っている。

「おねえちゃんは?」
「ん?」
「おねえちゃんは、おおきくなったら、なにになるの」

もう大きいんだけどね、と言いかけた。けど、莉子の目があまりにまっすぐで、いつもの、笑いながらの言い方が、喉の手前でつかえた。

「……おにぎり屋さん」

笑わずに言ったのは、はじめてだった。

莉子は、クレヨンを持ったまま、ぱっと顔を上げた。

「いいね!」

それだけだった。渋いね、も、なんで、も、なかった。莉子はすぐに画用紙に向き直ると、プリキュアの隣に、三角の白いものをいくつも描きはじめた。

「これ、おねえちゃんのおみせ。りこ、しゃけね。しゃけ、ひとつ」

「……はい。しゃけ、ひとつ」

注文を受けたのも、はじめてだった。

帰りぎわ、莉子はその絵を、くるくる丸めて私に持たせてくれた。

*

日曜日の夜、自分の部屋で、明日の準備をする。

鞄の中身を確かめて、社用のスマートフォンを充電器に挿して、通知を見ないように伏せる。月曜日の朝いちばんの会議の資料は、金曜日のうちに作ってある。抜かりはない。目の前のことだけは、いつもちゃんとやっている。

炊飯器が、ぴー、と鳴った。

明日の昼のぶんのおにぎりを握る。手を水で濡らして、塩をひとつまみ、手のひらに広げる。炊きたてのご飯は熱くて、指の腹がじんとする。

しゃけと、梅と、昆布。

三つ並べて、ラップで包む。形は、どれも少しずついびつ。定年まで、あと三十五年ある。それまでに、もうちょっとまるくなればいい。

冷蔵庫に貼った莉子の絵の、三角のおにぎりがひとつだけ、ほかより大きい。しゃけ、と、ひらがなで書いてある。

釜に残ったごはんを口に運ぶ。なんだかいつもよりしょっぱく感じた。

(了)

初出 note 二〇二六年十月二十五日