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海苔の缶 短篇 水 1-1

海苔の缶

十月の最初の日曜、駅から歩いた。

バスは一時間に一本で、待つより歩いたほうが早い気がした。気がしただけで、たぶん同じくらいかかった。

県道沿いに、その小屋はまだあった。

トタン屋根に、板を三枚渡しただけの棚。棚の上に、枝つきの黒枝豆が五束、新聞紙に寝かされていた。一束三百円、とマジックで書いた段ボールが、画鋲で留めてある。

画鋲はひとつ外れて、段ボールは少し傾いていた。

*

子どもの頃、この小屋はよしえさんのものだった。

よしえさんは、祖母の家の二軒となりに住んでいた。腰が曲がっていて、いつも手ぬぐいを首にかけていた。

小屋の隅には海苔の缶が置いてあって、代金はそこに入れる決まりだった。

蓋を開けると、乾いた海の匂いがした。もう海苔なんか一枚も入っていないのに、ずっと。

小銭を落とすと、底で鳴る。

その音が好きで、用もないのに十円玉を入れたことがある。祖母にばれて、叱られたこともあった。

十円玉は返ってこなかった。よしえさんに返してもらえ、と祖母は言わなかったし、私も言い出さなかった。

*

缶は、まだあった。

赤かった蓋は、茶色に近くなっていた。縁に錆が浮いている。指をかけると、思ったより固かった。

中には百円玉が四枚と、五十円玉が一枚。

それから、蓋の裏に、紙がセロハンテープで貼ってあった。

いつもありがとう

ボールペンの字が、雨の染みで少しにじんでいた。誰の字かは、わからない。

よしえさんが亡くなったのは、たしか私が高校に上がった年だった、と母から聞いた気がする。

聞いた気がする、としか言えない。そのとき私は、何をしていたのだろう。

*

小屋はそのあと、よしえさんの息子さんが引き継いだらしかった。

らしかった、というのも、ここに来る途中で思い出したことにすぎない。

息子さんの顔を、私は知らない。

知らない人が、毎朝ここに枝豆を並べて、夕方、缶の中身を数えて帰る。そのあいだに、知らない誰かが三百円を入れていく。

誰とも会わないまま、この小屋は、たぶん二十年くらい続いている。

*

三百円を入れた。

底ではなく、ほかの硬貨の上に落ちたので、思っていたより鈍い音がした。

枝豆の束を持ち上げると、土がぱらぱらと落ちた。根もとがまだ湿っている。今朝抜いたのかもしれない。

葉の裏に、小さな青虫が一匹ついていた。払わずに、そのまま新聞紙で包んだ。

*

帰りの電車で、膝の上の包みが、ときどき動く気がした。気のせいだったと思う。

いつもありがとう、と書いたのは誰だったのだろう。よしえさんが、お客に宛てて書いたのか。それとも誰かが、よしえさんに宛てて貼ったのか。

どちらでもいい、とは思えなかった。

ただ、どちらにしても、私ではなかった。

私はこの町に、ずっと小銭を入れてきたような気持ちでいた。

帰省のたびに道の駅で土産を買って、ふるさと納税をして、ときどきこうして文章に書いて。

缶の底で鳴る音を聞いて、それで何かを払った気になっていた。

頭では、わかっているのだ。ほんとうは、誰かの顔を見て言うべきことがあったと。

*

来週もまた来る、とは書かないでおく。

書けば、たぶん、来ない気がする。

枝豆は、その晩に茹でた。

青虫は、ベランダのプランターに放した。

塩をふった黒枝豆は、少し甘くて、少しだけ土の味がした。

(了)

初出 note 二〇二六年十月四日