最後のいっこ
駅の改札を出て右へ曲がると、商店街の入り口に小さなパン屋がある。夜の八時に閉まる。私がそこに着くのはたいてい七時五十分を少し過ぎたころで、トレーの上にはもう、ひとつかふたつしか残っていない。
私は、残っているものを買う。
それが何であっても買う。カレーパンでも、ソーセージを巻いたやつでも、玉ねぎの甘ったるいツナマヨでも。棚の前で迷う時間が、そもそも私には残されていない。最初は、そういうことにしていた。
仕事は七時に終わる。駅まで十五分、電車で二十分。計算すれば分かる。もっと早く着く方法は、いくらでもあった。
けど、別に、早く着きたいとは思わなかった。
棚がいっぱいの時間に行ったことが、一度だけある。休日の昼だった。カレーパン、焼きそばパン、コロッケパン、ベーコンエピ、チーズの焦げたグラタンパン、明太フランス。油と小麦の匂いが店の奥から押し寄せてきて、トングを持った私の手は、どこにも伸びなかった。結局、何も買わずに店を出た。
*
私は、選ぶことが下手な人間である。昼の定食も、休日の行き先も、何年か前の、別れるか続けるかも。
選べないから、選ばなくていい場所に身を置く。
最後の一個しかない棚の前に、閉店十分前に立つ。そうすれば、パンのほうが私を決めてくれる。おいしくなくても私のせいではない。売れ残ったパンのせい、ということにできる。
我ながら、ずいぶん小賢しい。
その日、トレーに残っていたのはちくわパンだった。ちくわの穴にツナマヨを詰めて、それごとパン生地で巻いて焼いたもの。
私はこれが苦手である。
ちくわとパンのあいだには、どうしても埋まらない溝がある。噛むとちくわだけが歯のあいだでぐにゃりと逃げて、パンだけが口に残る。
それでも私は、トングを取った。
「それ、苦手でしょう」
レジの奥から、店の人が言った。六十くらいの、白い三角巾の女の人。毎晩、私のパンを紙袋に入れてくれる人だ。名前は知らない。
「え」
「前に買っていったとき、顔に出てたから」
出ていたらしい。私は何も言えず、トングでちくわパンを挟んだまま立っていた。
女の人はレジの下から、もうひとつ紙袋を出した。口が二つに折られていて、中身は見えない。
「これね、取り置き。閉める前に来る人のぶん」
「取り置き、ですか」
「たまにはね。最後の一個じゃないのも、いいかと思って」
袋は、まだ少し温かかった。持ち上げると、底のほうに重さが偏る。両方ください、と私は言った。断る言葉を選べなかったから。
それと、袋の温かさがうれしかったから。
帰り道、ガードレールにもたれて袋を開けた。カレーパンだった。揚げてから時間が経っているのに、衣はまだ少しだけ、ざらりとしていた。かじると、辛さより先に甘さが来た。人参の甘さだと思う。思う、ではなくて、人参だった。小さく刻まれた橙色が、断面に覗いていた。
私が選んだパンではないけれど、売れ残りでもない。
誰かが私のために選んでおいてくれたパンを、私は、ずいぶん長いこと食べていなかった気がした。
ちくわパンは、袋の底でゆっくり冷えていく。明日の朝、たぶん食べる。
苦手なのは変わらないはずなのに、いつもよりたのしみだ。
(了)
初出 note 二〇二六年十月二十二日