紛れる
クローゼットを開けると、紺と灰色と、たまに生成りが並んでいる。端から端まで眺めても、目に引っかかるものがひとつもない。そういうふうに、私が、揃えてきた。
色のある服は、目立つ。目立つと、見られる。見られると、何か言われる。実際には何も言われなくても、言われた気がする。だから避けてきた。
一枚だけ、例外がある。衣装ケースのいちばん下に、赤いニットが畳んである。三年前の冬、駅ビルのセールで、マネキンが着ていたのをそのままレジへ持っていった。試着もしなかった。そういう衝動が、私にも、まだ残っていたらしい。
けれど、今もタグはついたまま。
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商店街のハロウィンに行こうと誘ってきたのは、同僚の真田さん。子どもの仮装行列があって、見に来る大人も、何かひとつ色のあるものを身につけて歩くのが決まりなのだという。
「なんでもいいの。帽子とか、靴下とか」
なんでもいい、がいちばん困る。けど、断る理由を探しているうちに、日曜の午後二時に駅前、と決まってしまった。
土曜の夜、衣装ケースの底から赤いニットを引っぱり出した。三年ぶんの折り目が、肩と胸に白っぽく残っていた。鋏でタグの糸を切ると、ぷつ、と乾いた音がした。
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当日の商店街は、華々しさを超えて毒々しいような色だった。
かぼちゃの橙、魔女のマントの紫、蛍光の緑のガーランド。
手作りの旗が頭の上で鳴り、小さな吸血鬼が黄色い長靴で水たまりを踏み抜いていく。真田さんは、頭に橙のリボンを結んでいた。
赤いニットの私を見て、真田さんは「あ、いいじゃん」とだけ言った。
アーケードを二往復した。誰も、私を見なかった。見ていたとしても、私の赤は、隣の橙と、向かいの紫と、子どもが抱えた風船のあいだにすぐに溶けた。ここでは、私がずっと着てきた灰色のほうが、よほど浮いていた。
カラフルなものだって、カラフルな中に紛れてしまえば、別に、どうってことない。
三年間、箪笥の肥やしにしたことをちょっとだけ悔いたりした。
*
帰りの電車は、黒と紺と灰ばかり。
窓に映った私だけが、赤い。
脱ごうか、と一瞬だけ考えて、やめた。
袖口をすこし引っぱって、私は、つり革を握り直す。すこし顔を上げて、顎を引いてみた。
うん、悪くないと思う。
(了)
初出 note 二〇二六年十月二十五日