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取り乱す秋 随想 水 1-20

取り乱す秋

今年の梅雨は、梅雨らしかった。

六月の半ばから、雨は律儀に毎日降った。傘を、私は、傘立てに戻す暇もなく、玄関の手すりに引っかけたまま乾かしていた。

部屋干しの洗濯物は生乾きの匂いをさせ、髪はうねり、駅の階段はいつも濡れていた。

そして、最後はこれでもかというほど雨を降らしてカラッと晴れた。

誰もが文句を言っていたけど、文句を言える梅雨というのは、それだけでちゃんとしている。

夏も、夏らしかった。

雨が上がった翌日、カラッとした日から仕事が始まった。

蝉は七月の頭から鳴き始め、昼過ぎのアスファルトは靴底越しに熱を寄越した。

コンビニで買ったアイスは、家に着く前に袋の中で柔らかくなった。

夕立、入道雲、網戸にとまる蛾。

ちょっと台風の横入りが多かっただろうか。

とはいえ、秋はあっという間に来た。

九月の終わりのある朝、窓を開けたら空気の匂いが変わっていた。

乾いた、少しだけ甘い匂い。半袖の腕に、風が冷たく触れた。

ああ、すごいな、と私は思った。

今年は、季節が、ちゃんと順番を守っている。誰に褒められるわけでもないのに。

*

それで安心していたのが、たぶんいけなかった。

十月の半ば、急に暑さが戻ってきた。

昼の気温は二十八度。クローゼットの奥にしまったばかりの半袖を、私は、また引っぱり出した。

畳み皺のついたままのTシャツで歩く駅までの道は、八月の残り香みたいにむっとしていた。

あらあら、と思った。

季節にも、忘れ物を取りに戻ることがあるらしい。

玄関を出てから鍵を確かめに戻る私と、別に、変わらない。そう思ったら、ちょっとだけ許せた。

*

で、今朝。

めっちゃ寒い。

布団から出した足先が、床に触れた瞬間に引っ込んだ。

カーテンの隙間の空は白っぽく、ベランダの手すりには、六月に傘を干していたのと同じ場所に、冷たい露が並んでいる。

半袖は、まだ畳まれないまま椅子の背にかかっている。その上から、去年の冬以来のカーディガンを羽織った。防虫剤の匂いがした。

順番を守っていたはずの一年が、少しだけ取り乱している。中だるみってやつだろうか。

私はそれを責める気になれないし、私の一年も、まあ似たようなものだろう。

ケトルのスイッチを入れる。

湯が沸くまでのあいだ、窓の外を眺めながら、今年のことを、もう少しだけ思い出してみる。

(了)

初出 note 二〇二六年十月三十一日