取り乱す秋
今年の梅雨は、梅雨らしかった。
六月の半ばから、雨は律儀に毎日降った。傘を、私は、傘立てに戻す暇もなく、玄関の手すりに引っかけたまま乾かしていた。
部屋干しの洗濯物は生乾きの匂いをさせ、髪はうねり、駅の階段はいつも濡れていた。
そして、最後はこれでもかというほど雨を降らしてカラッと晴れた。
誰もが文句を言っていたけど、文句を言える梅雨というのは、それだけでちゃんとしている。
夏も、夏らしかった。
雨が上がった翌日、カラッとした日から仕事が始まった。
蝉は七月の頭から鳴き始め、昼過ぎのアスファルトは靴底越しに熱を寄越した。
コンビニで買ったアイスは、家に着く前に袋の中で柔らかくなった。
夕立、入道雲、網戸にとまる蛾。
ちょっと台風の横入りが多かっただろうか。
とはいえ、秋はあっという間に来た。
九月の終わりのある朝、窓を開けたら空気の匂いが変わっていた。
乾いた、少しだけ甘い匂い。半袖の腕に、風が冷たく触れた。
ああ、すごいな、と私は思った。
今年は、季節が、ちゃんと順番を守っている。誰に褒められるわけでもないのに。
*
それで安心していたのが、たぶんいけなかった。
十月の半ば、急に暑さが戻ってきた。
昼の気温は二十八度。クローゼットの奥にしまったばかりの半袖を、私は、また引っぱり出した。
畳み皺のついたままのTシャツで歩く駅までの道は、八月の残り香みたいにむっとしていた。
あらあら、と思った。
季節にも、忘れ物を取りに戻ることがあるらしい。
玄関を出てから鍵を確かめに戻る私と、別に、変わらない。そう思ったら、ちょっとだけ許せた。
*
で、今朝。
めっちゃ寒い。
布団から出した足先が、床に触れた瞬間に引っ込んだ。
カーテンの隙間の空は白っぽく、ベランダの手すりには、六月に傘を干していたのと同じ場所に、冷たい露が並んでいる。
半袖は、まだ畳まれないまま椅子の背にかかっている。その上から、去年の冬以来のカーディガンを羽織った。防虫剤の匂いがした。
順番を守っていたはずの一年が、少しだけ取り乱している。中だるみってやつだろうか。
私はそれを責める気になれないし、私の一年も、まあ似たようなものだろう。
ケトルのスイッチを入れる。
湯が沸くまでのあいだ、窓の外を眺めながら、今年のことを、もう少しだけ思い出してみる。
(了)
初出 note 二〇二六年十月三十一日