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待ち合わせ 短篇 水 1-11

待ち合わせ

夢の中で、待ち合わせをしていた頃がある。

まだ母と同じ布団で寝ていた頃。電気を消して、常夜灯の橙が天井にぼんやり滲みはじめると、私は決まって母の袖を引いた。

「今日はどこにする?」

「どこがいい?」

「イオン」

「じゃあ、イオンで待ってるね」

それから二人で「あとでね」と言って、目を閉じる。それが、私たちの眠り方だった。

行き先は、たいていイオンだった。

一緒にイオン行こうね、と私が言うと、母は、いいよ、と言った。それだけでは心配で、二階の、おもちゃ売り場の前ね、と付け足す。母は少し笑って、細かいね、と言った。

細かくしないと、会えない気がしていたのだ。

夢の中のイオンは、きっと本物よりずっと広い。エスカレーターはどこまでも続いていて、フードコートには知らない人ばかりが座っている。そんなところで、大雑把な約束をしたら、母と会えないかもしれない。

子どもの私は、本気でそう信じていた。

朝になると、私は、母の顔を覗き込んで訊いた。

「ちゃんと来た?」

「もちろん、会えたでしょ?ちゃんと、おもちゃ売り場の前にいたでしょ」

母は、迷わずそう答えた。ガチャガチャの前でしゃがんでたね、とか、今日は赤い靴を履いてたね、とか、私の知らない私の話まで付け加えた。

私は、何ひとつ覚えていなかった。

覚えていないのが、悔しかった。母は会えたのに、私だけが会えていない。約束を守れていないのは自分のほうなのだと思うと、泣きたくなる朝もあった。

母はそのたびに、覚えてないだけだよ、ちゃんと手、つないで歩いたよ、と言った。

私は、それを信じた。信じるほかに、やりようがなかった。

いつから待ち合わせをしなくなったのかは、覚えていない。

たぶん、夢は約束どおりには来てくれないものだと、どこかで知ってしまったのだ。それから、母の話がほとんど作り話だったことにも、少し遅れて気がついた。

別に、裏切られたとは思わなかった。

ただ、あの頃の母がどんな顔で、ガチャガチャの前にしゃがむ私を思い浮かべていたのかを考えると、胸のあたりが、妙に落ち着かない。

あのイオンに、今日、来ている。

帰省のついでに買い物をしよう、と母が言い出して、駐車場で別れた。母は一階で用事を済ませてくるから、あんたは先に行ってて、と言った。どこで待ってればいい、と訊くと、母は、少し考えるような顔をしてから、二階のおもちゃ売り場の前、と言った。

おもちゃ売り場は、記憶の中よりずっと狭かった。ガチャガチャの機械が壁際に並んでいて、その前にしゃがんでいる子どもはいない。夢の中で何度も迷子になりかけた場所は、端から端まで、ほんの数十歩である。

こんなに小さな場所で、私は、母を待ち侘びていたのだ。

エスカレーターの上に、母の頭が見える。

私を見つけて、少し手を上げる。

「待った?」

私は、首を振って駆け寄って、あの日の夢みたいに手を繋いだ。

(了)

初出 note 二〇二六年十月十五日